飯田線 ひたすら乗車(只管打坐)の旅 後編

(前編を先にお読み下さい)

もっと北、例えば伊那市あたりでローメンを食べて戻ってくるというのも
アリかなあと思ったものの、観光して帰ってくるには少々時間が足りない。
何といっても特急や快速ではなく、各駅停車に揺られながらの長旅なので
これ以上乗車時間を増やすのは結構厳しいものがある。

ということで、さっき通過した飯田市まで戻り観光することにしました。
時刻表を確認「ええと、次の電車は・・・と」



次の電車は12:10発。
さっき街なかを一周してきたのにまだまだ30分も駒ヶ根散策が楽しめるよー
とポリアンナ並みのポジティブ思考でもうひと歩き。
その街の雰囲気を感じるにはやはり市街地を歩くのが一番。
地元と違い日曜休業の店が多いようでちょっと残念でしたが、安楽寺というところで
子育で地蔵尊例大祭というのがやっていて参道は子供連れで賑わっていました。
(「産道通過体験」は見てみたかったかも)

20071127飯田線01
りんご畑(車内から撮影)

20071127飯田線02
無事電車に乗り込み、飯田に着いたのは1時半頃。
今度は事前に時刻表をチェック。4時22分発の電車で帰ることにします。
駅の隣に観光案内所があるので2~3時間程で回れるコースをきいてみると
・飯田城址
・りんご並木
・裏界線(りかいせん)
などなど(郊外にも見所はたくさんあります)
2~3時間あればじゅうぶん歩いて回れるとのこと。

20071127飯田線03
飯田の市街地は天竜川の河岸段丘上にあってとにかく坂が多い。
中心部を少し外れると下り坂だらけ。

20071127飯田線04
これが前述した裏界線。詳細はリンク先の説明に任せますが、
昭和22年の飯田大火を教訓にして、家の裏側に幅2mの通路が作られたとのこと。
路地裏スキーな私としては見逃すことができない名所です。

20071127飯田線05
追手門小学校
鉄筋コンクリート3階建ての校舎で昭和4年の建築です。(登録有形文化財)
建物自体の装飾はシンプルながらも垂直線と円弧を対比させた東西両端の入口部分と
扉上部のアーチがオシャレです。

20071127飯田線06
うーん、アルミ製の扉が残念。
この小学校には他にも文化財になっている講堂があります。
敷地外からちょこっと見えたのですが昨今の事情から見物は断念しました。

20071127飯田線07
飯田市美術博物館の敷地内にある柳田國男館です。
建物が気になって近付いたら内部も公開しているということで早速見学。
中には女性の管理人がいて(元教師かな?)館内や柳田國男氏について解説して頂きました。

この建物は東京の成城にあった柳田國男の書屋で、当時の地名にちなんで「喜談書屋」と
名付けられました。柳田國男は飯田へ定住しませんでしたが、東京在住の旧飯田藩士の
養子になった縁で移築されたわけです。大きな書斎には柱が4本あり、
そこでお弟子さんなどと議論を深めたことから「民俗学の土俵」と呼ばれたとのこと。

また、豊橋の鬼祭りや奥三河から南信州にわたり各地で行われている花祭りなど
独自の文化圏が飯田線沿いにあり、柳田國男も度々飯田を訪れては講演をしていたそうです。

島崎藤村の「椰子の実」で間接的に知っているだけで、建物が見たくて偶然
訪問したのですが、ここの見学は一番の収穫だったかも。

20071127飯田線08
Y字のビル。後で調べたら県の合同庁舎とのこと。
「スターハウス」と呼びたいところだけどよく考えたら団地じゃないですね。

そんなこんなで飯田の市街地をブラブラしながら飯田駅へ。
(りんご並木の写真を撮り忘れたっ)
各駅停車の旅なので早めに飯田を出発。

20071127飯田線09
天竜峡あたりまでは賑やかだった車内も再び秘境区間へ入る頃には人影が疎らに。
平岡駅(写真)で学生達が降りると残ったのは旅行者とおぼしき4~5人だけ。
日没の早い山あいは既に真っ暗。
誰もいない場所を走る生活臭の消えた電車は「寂しい」なんて言葉で言い表せるものじゃないです。

秘境区間が終わると少しづつ乗客が増え、飯田を出発してから約4時間で豊橋に到着。
駅前のネオンを見た時のこの安心感は何なんでしょうね。

20071127飯田線10
ということで、今回の旅を供にした切符がこれ。
ごくろうさまでした。

(おわり)

飯田線 ひたすら乗車(別名只管打坐)の旅 前編

こんにちは、陶磁器、キッチン用品の店「育てる道具ILMA+」の店主です。
今朝の最低気温4.4℃ ゔーん寒い、寒い。
慣れない寒さに体を丸くして朝刊を見れば「木枯らし1号」の記事。
暖冬で1~2週間使うことはないだろうと思いながら昨日給油した
石油ストーブにいきなりお世話になってしまいました。

もう1ヶ月ほど前になりますがJRの乗り放題キップが1回分余っていたので
(ここにも書きましたね)当日の朝までいろいろ悩んだ挙句、
始発駅の街に住んでいながらも日頃縁がない飯田線に乗って小旅行してきました。

20071119飯田線01
朝6:00の下り始発天竜峡行きに乗ります。
写真右に到着したのは上りの始発電車で日曜にしては意外に乗客がいます。
車内には既に3、40人ほど先客がいて、時間ぎりぎりに私が乗るとすぐに発車。

まずは名鉄や東海道線と同じ場所を隣町の小坂井町まで走ります。
時々使う名鉄と同じ線路を走っているのに乗る電車が違うだけで旅情感たっぷり。
普段は絶対停まらない駅にもちゃんと停車していきます。
名古屋へ向かう名鉄の線路と別れ、ちらほらと乗客の乗り降りを繰り返しながら北上。
住宅と田畑が多かった車窓にも新城を過ぎる頃には周囲に山が近づきローカル線の雰囲気に。

少しすると豊川支流宇連川(別名板敷川)を見下ろしながら走ります。
名前のとおり河床の岩盤が板を敷いたように平らに削られている景勝地。
周囲はちょっとした観光地で夏は結構賑わいます。

豊橋から約1時間半で県境を越え静岡県へ。
20071119飯田線02
浜松市天竜「区」!!!
そうなのです。平成の大合併によって山奥の町が政令指定都市に大変身。
住所だけ見ればここが静かな山里だとは思えませんね。

近くには日本でも有数の大規模重力式コンクリートダムである佐久間ダムがあり、
この町はその入口にあたります。そのせいか周囲はダムや水力発電関連の施設が目立ちます。

20071119飯田線04
長いトンネルを抜け、天竜川の支流沿いに走ります。
鮎釣りでしょうか。

20071119飯田線05
鉄橋をよく見て下さい。今走っている部分と奥の部分は1つの同じ鉄橋です。
何か違和感ありませんか?

川を左岸から右岸へ、右岸から左岸へと2度渡っています。
実はこの橋は川を渡るための橋ではありません。対岸(右岸)には接さず元の左岸に戻っています。
本来写真右手にトンネルを掘って進む予定でしたが、中央構造線の断層上にあるため
強烈な力が加わり、とても工事が進められる状況ではなかったそうで・・・
結局トンネルは途中で放棄して、このような橋で川の上を迂回する羽目になったというわけです。

20071119飯田線06
再び長いトンネルを抜けるとすぐに大嵐駅。
所在地は静岡県ですが道路は愛知県側にしか通じていないという不思議な駅。
主に利用するのは対岸の愛知県民(旧富山村民)です。
隣の豊根村と合併するまでは日本一人口が少ない村(島以外)だった場所で、
道路事情のせいかアクセスしづらく、秘境の村として有名でした。
20071119飯田線07
奥に見える吊り橋を渡ると
20071119飯田線08
対岸は飯田線の聖地(の1つ)、旧富山村。
一度だけ車で来たことがありますが、佐久間ダムのえん堤を渡って天竜川沿いに北上するルート、
豊根村からの山越えルート共にハードな道のりだったのを覚えています。

20071119飯田線09
静岡県最後の小和田駅。
雅子さまご成婚の際に有名になった駅で、ブームに乗ってここで結婚式を挙げた夫婦もいたとか。
ちなみにこの駅へ外界から通じる(自動車が通行できる)道路はありません。
あるのは1軒の民家と昔の廃墟だけ。郵便配達も飯田線で行われるそうです。
まさに秘境。
有名な駅だけあって窓から駅の様子を伺う人もちらほら。ちなみにここも浜松市天竜「区」です。

佐久間ダムの完成に伴い、この辺り一帯は先程の旧富山村を含め広範囲にわたって水没、
296世帯が移転しました。周囲の集落や道路はもちろん線路も水没し、
少し離れた場所に新しく線路が敷かれました。
2回通過した長いトンネルは新しい線路と今までの線路をつなぐ為に掘られたもの。

20071119飯田線10
大嵐駅からずっと北、飯田市へ入る直前まではトンネルだらけ。飯田線一番の難所です。
上の写真は天龍村中心部にある平岡駅を出たところ。
秘境地帯をくぐり抜けてくると、人の営みが感じられる風景にほっとします。
山肌に連なる家並みが都会に見えちゃうから不思議なもの。

20071119飯田線11
平岡ダムのダム湖。
この後、天竜峡駅と飯田駅で2回乗換えて駒ヶ根へ。

20071119飯田線12
10:50 駒ヶ根駅着
下車したのはいいものの予想以上に寒い。
電車の中もかなり寒かったけど、太陽が出てるのでもう少し暖かくなるかと思ってました。
服装の選択ミスは重い。ロープウェイで千畳敷まで行こうかと電車の中で考えてましたが
このまま行けば完全にやばいです。入口で絶対に止められます。

諦めて次の行程を模索。
そして次回へ続く。